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【記事番号:22595】 休日の朝なのに…つらつらとスミマセン…(汗)

投稿者: なおなお
投稿日時: 25/03/29 08:30:54

おーと様のお祖父様やお父様、お母様のお話し…胸がいっぱいになりました。厳しくもお強い方だったのだと思います。様々なご事情を抱えながら、精一杯、そのお役目を果たされていらっしゃったのだと。
だって…おーと様とこうしてネットを通してでのお付き合いではありますが、私はいつも『温かさと信頼』を強く感じずにはいられません。育って来る中で与えられたもの、自身で獲得されて来たもの、その全てが今のおーと様を形成していらっしゃるのだと思います。そして、そんなおーと様を支えていらっしゃる奥様のお力もあってこそ!生きるって半端ないことです。
私の父も、それこそドラマの世界のような厳格で強い(…と思っていた)人でしたよ。会社では頼りになって、建設的に物事を考えて隙のない発言力と行動力と実践力を兼ね備えた『優秀な人』と評価されていました。…が、家庭人として、父としては…当時は恐怖しか感じませんでしたから。随分と大人になるまで『父に愛されて育った』とは思えませんでした。厳しくて、威圧的で支配的…。頭に血が上ると暴言&暴力は凄まじかったです。それこそどこぞの皇室のような『人格否定発言』をされることは日常茶飯事でした。何をしても褒められたことは一度もなく、『人としてこうあるべき』と叩き込まれ、何をするにも意見(強制)されて育ちました。それこそパワハラ、モラハラの嵐です。(苦笑)母が叩かれたり罵倒されている姿も幾度となく見て育ちましたし、私たち子どもも長時間(2〜3時間)の説教や歩けなくなるくらいの暴力(折檻)は数しれず…。星飛雄馬のお父さんはちゃぶ台をひっくり返していましたが、我が家は食器戸棚や冷蔵庫もひっくり返して暴れましたからねー。歩けなくなるほど叩かれたこともあります。竹製の布団叩きは本当に痛いですよ。あと物差しも。今でも食器が割れる音には敏感に反応してしまい、頭が真っ白になってフリーズしてしまうトラウマになっていますから…。
母に一度聞いたことがあります。「なんでこんなお父さんと離婚しないの?こんなにけなされて、ダメだダメだと否定されて、何にも良いことないじゃん!」と。そしたら、母はこう言いました。「お父さんはね、厳しいし理想が高いし、ものすごく頑張ってる。表面的にはよく見えないかもしれないけれど、広い(深い)意味で私は尊敬しているの。(お父さんと)出逢ってからずっと尊敬してるの。」と。確か、高校生の頃だったと思うのですが、母は珍しく『凛』とした真顔でした。「お母さんはどうして(子どもたちを)怒らないの?」と尋ねると…「怒る?お父さんがあんなに叱っているから、それ以上することは出来ないし、お母さんまで怒ったら、心が壊れちゃうでしょう?怒れないわよ。それに、何もあんなに怒らなくてもね…って思ってるから、怒る気持ちもないわよ。可哀想で怒れないわよ。」と返答されました。
父は小1だか小2で実父を亡くしました。6人きょうだいの中で黒一点の父。幼いころから責任感が強く、父親代わり、夫代わりの役回りを背負ってきたようです。晩年に「俺はお袋に抱きしめられた記憶が、一度も無いんだよなぁ…」と話してくれた時は衝撃でした。その当時の父はとうに70歳を超えていましたが、寂しそうな小さな少年のような面持ちでした。不覚にも(笑)私は、そんな父の中の『少年』を抱きしめたくなりました。あまりにも寂しそうで切ない表情だったのです。私たちはカンガルーのように母親の愛情という袋の中で、ぬくぬくと育ち守られて来たので、抱きしめられた記憶しか無いくらい。母の腕の温もりや胸の柔らかさ、匂い、全てがハッキリと身体の一部かと思ってしまうくらいに残って(自身の身体と同化してる)いますから。
父の中の『少年』はその後も何度となく私の前に姿を現すようになりました。(…こんなふうに文字にすると、危ないスピリチュアルのようですけど…苦笑)…その頃から本当の意味で父への確執、わだかまり、恨み、怒りなどが不思議なほどに溶けて行きました。あんなに母のことを『やる気のない奴だ』とけなしていたのに、「お母さんがいたから、俺はこうして生きてこられた。」とか「家族のために頑張れたんだよなー。」とか、弱い部分を見せてくれるようになったのです。奇しくもそれは、母の認知症が進み始め、以前のように父と母が会話したり心を通い合わせる機会が激減した時期以降のことです。ですから、父も母も他界した今、『母はこんなふうに、私が心の底から父を許し、感謝できるようになるために認知症に奨んでなったんだ』と感じるようになりました。父が弱音を吐くことなんて、それまででしたら考えられないことでしたから。そんな『許しの時間』までもを母は用意してくれたのだと感謝しています。父の幼い頃からの『寂しさ』や『責任感』があの異常なまでの『厳しさ』を作り出す原点だったのだと理解しました。同時に、その寂しさは『底しれぬ原動力の源』にもなったのですね、きっと。
もう30年以上も昔の話ですが、結婚式の前日、父と母に『結婚前のご挨拶』をした夜のことは忘れられません。決まり文句のような言葉(笑)を伝えた後、私はこともあろうに(当時は父のことが大嫌いだったのに)父に向かい「お父さん、一度で良いから、私をギュッと抱っこして…」と父のそばに近づきました。父はぎこちなくもありましたが、ギュッと抱きしめてくれて「馬鹿だなぁ、いい大人の娘のクセに、子どもみたいに…」と言いました。暫しの抱擁のあと、振り向くと母の涙顔があり、無言でそっと抱きしめてくれたのです。抱っこのサンドイッチ状態でした。子供じみているかもしれませんが、とても切なく嬉しかったんです。
…最近、人生に無駄なものは何一つない…と、そう自身に言い聞かせています。そして、この世に誕生させてくれた父と母に言葉にできぬほどの感謝とお礼の気持ちが溢れています。
自分語りを長々とすみません。
これからもこんな面倒くさい私ですが、宜しくお願い致します!!!(圧・圧・圧)

追伸
書き出すと、止まらなくなるのも父譲りです。父から怒りに任せて『抗議文』のような手紙を受け取ったことがあります。便せんに直筆(それも筆ペン&そして読めないくらいの達筆で!)で50枚ほど。大きな封筒にドスっと届いた時には恐れ慄きました。
こんなところにまで遺伝子は受け継がれています。(笑)(笑)(笑)


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